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雑な人の、雑な人による、雑な人のためのブログ

会話という定義について

唐突ではあるが、

会話というものについてふと考えてみたい。

 

私はよく上長から、

「お客様と喋りすぎ、もっと会話をしなさい」

と指摘を受ける。

 

この事象について今まで漠然と考えていた。

どう違うのか考えるだけでなく、

文字に起こして文章として置いておきたい、

と思い無い脳みそを使いを書いている。

 

会話とは何なのだろうか。

私個人としての見解は、

会話≠お喋り だ。

これは、

好き≠嫌い

言う≠伝える

といったニュアンスと同じだと、

捉えて頂ければ幸いだ。

 

詳しく掘り下げていこう。

お喋りと会話の決定的な違いは、

そこに生産性があるかどうか、だと一つ考えられる。

 

例えばお喋り。

楽しくお喋りしても、

至極小さな知恵や浅い知恵しか得れない。

何故なら楽しいから。

楽しいという事に脳みそを使ってしまうから。

 

では会話はどうか、というと、

楽しいがそこには生産性があるもの、だと思う。

例えばプレゼンで実際に新郎新婦とお話をしていると、

ラポールの構築や、新たな情報、お客様のニーズなど、

会話をすると収集できるからだ。

 

ではお喋りはただ楽しむためのツールにすぎず、

そこから得られるものは至極限られている、ということなのだろうか?

 

お喋りと会話の線引は人それぞれであり、

また、感じ方だって違うだろう。

何が生産性のあるものなのか、

何がお客様にとってのニーズなのか.....

 

........考えると頭の中が混在してきそうだ。

知恵熱が出そうだ、そろそろおしまい笑